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なにもない手から生まれるもの |
今の所、機動警察パトレイバーがメイン 『好きこそ物の上手なれ』を目指して邁進中 |
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「あら…太田君久しぶりね。」
「熊耳巡査部長…いや、今は熊耳副隊長でしたね。お久しぶりです。」
2課を離れ別々の部署へ配属された翌年の春、二人はばったり街中で再会したのだった。
懐かしさでお互いの顔が綻び、少しの時間だけとカフェに入って近況を報告し合う事となった。
奥多摩へ教官として配属された太田は、2課に居た頃より幾分か落ち着いた青年へと変化していた。
神奈川県警交通機動隊 レイバー隊副隊長をしている熊耳の元へは、まだまだ血気盛んな彼の噂は届いているのだが、それも仕事への自信や誇り、そして培ってきた経験がそうさせるのだと彼女も理解していた。
「お元気そうで何よりです。」
相変わらずの固い生真面目な話し方は昔と変わらない。そんな様子すらも熊耳の口元を綻ばせた。
「太田君も元気そうね。」
テーブルに注文したコーヒーをウェイトレスが二つ置く。
「それだけが取り柄ですから。」
「ふふ…でも4月に配属された太田君の教え子。なかなかの気骨してるわよ。まるで昔の太田君みたいで…」
ぷっと笑って部下との様子を思い出しているのだろう、熊耳の姿はとても可愛らしかった。2課を離れる時、まだ熊耳は『あの事件』を引きずっていたようで、時々辛い顔をしている時もあったのだが
今の彼女の笑顔を見る限りでは、その事の整理がついたようで太田は内心ほっとしていた。
「だけど、太田君はすっかり落ち着いちゃったわね。今の部署は篠原君みたいな相手が居ないからつまらないんじゃない。」
「あ…あれはあいつが勝手に噛み付いてきてたんです!!別に自分は争う相手を探してた訳じゃないですから。」
太田は顔を赤くして否定するが、実際年下の生意気な篠原がやたらに鼻について、ちょっとの事で突っかかっていた。当時はいろんな意味で空回りしている自分自身に不満や不安があったから、ガス抜き的にそんな事をしていた。それは相手である篠原もそうであって、あの課ではお互いが恰好の相手であった事は確かだった。
「えぇ〜。そうだったかしら。お互い楽しんでいたんじゃないの?
そう言えば泉さんも篠原君も元気にしてるかしら…
出向先が先なだけに、泉さんが大変な思いしていなければいいんだけど…。」
「篠原もいつまでもガキじゃいられませんよ…。
それに泉なら、あいつのケツを蹴り上げる位の根性があるんで心配いらんでしょう。」
「そうね。泉さんは強いから大丈夫よね。」
カフェの大きな窓からは長い桜並木が見える。葉桜になりかけている木もあるが、時折強い風が吹くと、薄ピンクの花びらが紙吹雪のように空へ軽やかに舞っている。
「季節も変わって環境も変わって、何かを手放し何かを得て、歳を経て人は変化して生きて行く。」
美しいがどこか儚げな表情で、舞い散る桜を見詰める熊耳を見ていると、どことなく夢のような感じがしてしまう。
太田は頭の奥では口にするなと警告しているのだが、違う何かに突き動かされる様に口を開いた。
「…熊耳さんは………あなたはどうなんですか?」
窓に向けられていた熊耳の瞳が太田に向く。その瞳を見た瞬間『言わなければよかった』と後悔の波が太田を襲う。
それはなにも映らない瞳。
「私?…私は…変化したくないのかもしれないわ…」
カタチの良い彼女の唇の端が少し持ち上がって、美し笑みを作っていた。
しかし、その笑みは人形の様で彼女の感情は何も入っていなかった。
太田は頭の中で鳴り響く警告が、体を金縛りの様に動けなくしているにもかかわらず
唇だけは軽やかに自分の心の言葉を吐き出してしまう。
「まだあの男が生きているんですね。」
「太田君…。」
「差し出がましかったです。申し訳ありません。」
「いいのよ。あなたの言う通りだし。」
そう言うと、何の感情も持たない黒い瞳が太田を見詰める。
そのなにも映さない瞳は闇。ただただ深い闇。
「死んでしまったはずなのに…。
日が経つに連れて、彼が生きているって判るようになったわ。
最近、以前より彼の姿を街でよく見かけるの…。
彼の匂い、彼のクセ、彼の歩き方、彼の話し方…。それに似た人を見ると彼を思い出すの。」
悲しいはずの言葉なのに、何故か熊耳はうっとりとしていた。
「これ以上無い程愛して、そして裏切られて、殺したい程憎んで…
まだ…殺したい程愛してるの。死んでしまった人間を………まだ…。」
深い闇の瞳からは想像できない、情熱的な言葉。
呪詛のようなその言葉は、想像できない愛情と憎悪の深さに太田は吐き気を覚えた。
「…辛くないんですか、そんな生き方。」
「…どうなのかしら…初めは辛いと思っていたんだけど…今は、幸せなのかもしれない。」
そう言うと、儚い笑みを太田に向ける。それはこちら側の世界にいないような、ふわりと優しい表情。
しかし、熊耳にとったら幸福な夢でも、現実世界の人間が聞けば
悪夢としか言いようの無い世界の住人になってしまった。太田は何と言っていいのか判らず、口を噤んでしまった。
『これが、あの熊耳武緒なのか…』
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